肩書き

肩書きにはその組織の中での位置を表すもの(部長-課長-係長 的な)と、その組織の中での役割を表すもの(シニアアーキテクト、チーフエンジニア、的な)がある。
初対面で名刺をもらうこと自体少なくなったが、もらった場合には名前と肩書きを一応見る。どんな責任を負っている肩書きなのかわからないときには、質問してみる。その人が上手に自分の仕事を説明できることは稀で、文字化してわからないことは、話を聞いてもわからない仕事であることが多い。古い組織の人とはなすと、「取締られ役です」「バ課長です」のような昭和ギャクをいまだに聞くことがあって、げんなりすることもある。

さらに自分の周りを見渡すと、肩書きには3種類の裏付けがあるように見受けられる。

1. 社会認知の高い顕著な功績に対して与えられる
2. 社内外に有力なネットワークを持っている人に対して与えられる
3. 実務叩き上げの人にその功績に対して与えられる

1は、平たく言えば天下りや横滑りである。3は若い頃からその会社で一生懸命仕事をして実績を上げてきた人である。2は、いわば1と3の中間的なところだろうか。社会認知の高い功績があるからネットワークができ、それを持って社内の要所を抑えるような仕事ぶりが認められるタイプである。前の会社や組織でも有能で、転職してきても有能なことが多い気がする。
この3つは、育ってきた環境が違うから比較してもしょうがない。けれど3の実務派の人は「能力もないくせに顔が利くからって」と2の人を疎ましく思うかもしれないし、外に顔が効く人は「過去の遺産になぜ高い給料を払うのだ」1の人を過小評価するかもしれない。えてして組織内の嫉妬はこういうところから生まれる。

昭和から平成にかけてのサラリーマンは、入社から退職に向けて人生をかけて階段を上っていったので、年齢と肩書が大体揃っていたのではないかと思う。相当無責任に言えば、30代で係長、40代で課長、50代で部長、と言ったように、実力はともかくとして、踏み外さなければ登っていく階段はあった。
最近はそうでもない。古い会社ほど年功序列の名残があるので中高年が退職しない。課長・部長の席が空かない。順番待ちをしているうちに若い人は動機づけを失い、やがて昇進への興味も失う、とはよく聞く話だ。
そういう負の連鎖の原因になっていることを、肩書を持っている人たちは自覚するべきだ。

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